自転車のプロレースはたまに見る程度だったのですが、改めてRaphaのCEOの提言を見るにつけ、業界の構造的な問題が興味深かったのでまとめてみました。
これ、ほんとにもう少し何とかした方が良いと思いますよ。
自転車プロ競技界の構造的な問題
Raphaが業界構造に対して宣戦布告(2019年)

私のRaphaに対するイメージって、自転車界における高級プレミアブランド、くらいの曖昧なものでして、意識高い系ローディーが着るウェア、くらいのものでした。
ちなみに、ハンドルバーバッグは愛用させていただいています。

そんなイギリスのサイクルウェアブランドRaphaが2019年に発表した「The Rapha Roadmap」は、単なるブランドプロモーションを超え、停滞するロードレース界のビジネスモデルに対する「宣戦布告」とも言える野心的な提言書でした。
2026年の現在から振り返ると、このロードマップが示した予見の鋭さと、一方で依然として残る業界の課題がより鮮明に見えてきます。
The Rapha Roadmapの内容
このプロジェクトは、約2年間の調査と50人以上の業界関係者(選手、チームマネージャー、主催者、専門家)へのインタビューに基づき、10のセグメントで構成された壮大なものでした。
主要な指摘事項と改革案を列挙してみますが、個人的には「なるほどねー」と首肯できるものが多かったです。
脆弱な収益モデルの是正
現状、プロチーム収入のほぼ100%を不安定なスポンサー料に依存していることに対して、プロロードレースの放映権料のチームへの分配、観戦料の徴収(ゲートフェンス)、マーチャンダイズの強化、ファン参加型イベントによる収益の多角化をすべき、と提言し、業界的なビジネスモデルを改革すべきと指摘。
レース日程とレース形式の刷新

レースが多すぎるうえに重複しており、ファンにとって「何が重要か」が分かりにくい。これは、1点目の収益モデルにも通じる課題感かと思いますが、スポンサーからすると「画面に自分達が提供している商品が映る」ことが重要であり、自分達の商品がチームの勝利に多大な影響を及ぼす魅力的なものであることをアピールしたいわけですから、必然的に、「もっと露出(レースの開催頻度)を上げろ」という結論が導かれるわけで。
この点に対して、Raphaはシーズンを通じた一貫性のあるストーリー作り、年間通したレース日程の短縮、よりエキサイティングな新形式レースの導入を提言。
プロ野球であれば、ペナントレースの後にプレーオフがありますし、途中にはインターリーグの日程を入れるなど、年間を通したストーリーが用意されているわけです。
確かに、自転車競技に関しては、レース単発、というイメージは強いかもですね。
「スター」ではなく「キャラクター」の創出
ロードレースを「勝敗」だけでなく、選手の人間性や物語を楽しむエンターテインメントへと転換し、選手をブランドアンバサダーとして位置づけるような取り組みへと昇華すべき、とも指摘しています。
あまりレースを見ない私のような週末ローディーの場合、確かに有名な選手数名しか名前を知りませんし、彼らのキャラクターと言われてしまうと、ほとんど無知に近いものがあります。
試しに、2026年におけるプロロードレース「最強」トップ10をAIに質問してみたのが以下内容。
残念ながら、数名はその名前すら知らなかったですし、特徴に関してはポガチャルの絶対王者、くらいしかピンと来ませんでした。
自転車を趣味にしている人間に対しても、その程度のキャラクター認知しか進んでいない状況というのは、確かにマーケット創出という観点からは致命的なものがありそうです。
「オルタナティブ・カレンダー」の提唱
伝統的なロードレースの枠を超え、グラベル(砂利道)やアドベンチャーライド、ウルトラディスタンスといった、ファンが実際に体験しているサイクリングの形態にプロを参加させることで、よりプロレースや選手を身近な存在に感じさせる取り組みを進めるべき、とも指摘しています。
これは確かに有効ですよね。
Raphaがもたらしたインパクトと現状
で、何がすごいって、こういった提言を1サイクルウェアブランドが行ったという点ではないでしょうか。
Raphaって、ちょっとミーハーかも?なんて浅い認識しか持っていなかった自分が恥ずかしいっす。。。
Raphaの提言は、伝統を重んじるUCI(国際自転車競技連合)や既存の主催者に対して非常に挑戦的なものでしたが、その後の業界に多大な影響を与えました。
「体験」と「競技」の融合に成功

最も成功したと言えるのが、「オルタナティブ・カレンダー」の概念です。RaphaがサポートするEF Education-EasyPost(旧EF Pro Cycling)が、ツール・ド・フランスに出るようなトッププロをグラベルレースに送り込んだことは革命的でした。
これにより、「雲の上の存在」だったプロが、ファンと同じ泥にまみれて走る姿が可視化されました。これは単なる競技力の誇示ではなく、「共感」という新しい通貨をプロサイクリングに持ち込んだと言えます。
収益分配について
一方で、最も困難だったのが「放映権の共有」や「レース日程の抜本的改革」です。
サッカーのプレミアリーグのような「放映権をチームに分配する構造」は、ASO(ツールの主催者)のような巨大な既存権益者の前で、2026年現在も完全な解決には至っていません。Raphaが指摘した「スポンサー依存の脆さ」は、依然として多くのチームが抱えるアキレス腱のままです。
これは、既得権益者が登場した時点で既に手遅れになりがちなのですが、他のスポーツと比較してみると、その構造的な課題がより明確に浮かび上がってきます。
まず、他のスポーツ業界においては「放映権」「入場料」「スポンサーシップ」「ライセンス(グッズ)」を4本の収益の柱としていますが、その比率は大きく異なります。
今でこそ持ち直してきていますが、NPB(日本プロ野球機構)はその収益性の低さから一時期はかなり低迷していました。収益分配という考え方がなく、各球団の自助努力に任されていた為です。
結果的に、各球団が努力を積み重ねた結果、今でこそ一時期の厳しい経営状況を脱したと言って良いかと思いますが、それでも米国のプロスポーツと比べると収益分配構造はまだまだ弱い状況です。
そんなNPBでも、球場における試合観戦収益(入場料、飲食、グッズ販売)で収益を上げているわけですが、プロロードレースにおいてはここはまだまだ大きく欠損した状態のまま。
そりゃ経営は厳しいですって。
「スーパーチーム」化の加速という副作用
皮肉なことに、ロードマップが「収益の多様化」を求めた一方で、現実には中東の国家資金や巨大資本を背景とした「スーパーチーム」による独占が進みました。
魅力的なストーリー(人間ドラマ)を売りにしたくても、特定の数チームが全勝してしまう状況は、エンタメとしての「不確実性の面白さ」を削いでしまうリスクを孕んでいます。
そして、実はこの点でも収益構造が大きく問題になっています。
スポンサー収入に依拠する構造な為、強いスポンサーがつけばそのチームは強くなり、スポンサーがつかなければチームは弱いまま。
かつての讀賣巨人一強時代と同じですよね。
例えば、NFLやNBAなどは、とにかく「連覇」が難しいことで有名です。
連覇を難しくすることで業界を盛り上げることが可能に
ご存知の方には今更感ありありかとは思いますが、他業界を引き合いに出してみましょう。
NBA:かつての「王朝時代」から「群雄割拠」へ
NBAは歴史的に、レイカーズやセルティックス、ブルズ、近年ではウォーリアーズといった「王朝(Dynasty)」がリーグを支配する傾向にありました。しかし、現在はその様相が一変しています。
2019年から2024年まで、6年連続で異なるチームが優勝しています(ラプターズ→レイカーズ→バックス→ウォーリアーズ→ナゲッツ→セルティックス)。
これは1970年代後半以来の珍事であり、特定のスター選手(レブロンやカリー)が1人でリーグを支配し続けることが困難な時代に突入したことを示しています。
NFL:一発勝負が加速させる予測不能性
NFLは「Any Given Sunday(どの日曜日にも勝機はある)」という言葉がある通り、もともと平準化が最も進んだリーグです。これは、収益分配と厳格なサラリーキャップ制によるところが大きく、「最弱チームでもフロントが改革を起こせば優勝チームに作り変えることができる」構造が担保されている為です。
カンザスシティ・チーフスが2024年に連覇を果たしましたが、これはリーグ全体で19年ぶりの快挙でした。それほどまでに連覇は困難です。過去に我が愛するニューイングランド・ペイトリオッツが王朝を築いたことがありますが、それでも20年間の間に6度の優勝というレベル。この頻度で「ダイナスティー」と呼ばれ、「もうこんなチームは二度と現れないのでは」と言われるほどに珍しい事象だったりします。
NFLでは過去20年で12の異なるチームがスーパーボウルを制覇しており、戦力の流動性が非常に高いのが特徴です。
Raphaの苦闘は続く(Rapha Roadmap 2.0)
「The Rapha Roadmap」は、サイクリングを「過酷な修行」から「ライフスタイル・エンターテインメント」へとアップデートしようとする、極めてクリエイティブな試みでした。
Raphaは自らがこのロードマップに従い、EFチームとのパートナーシップや映像制作を通じて、「プロはただ速いだけでなく、語られるべき物語を持っていなければならない」という新しいスタンダードを業界に定着させましたが、業界のビジネス構造そのものを変えるには至りませんでしたが、「ファンの心の掴み方」に関しては、間違いなくRaphaが正解を提示したと言えるでしょう。
そして2026年。
UCI(国際自転車競技連合)は既存のレース構造が限界に達しつつあるという危機感から、2026年初頭に開始した「プロロードレースの長期的魅力向上に向けた意見募集」を行いました。
これに対し、Raphaが提示した「Rapha Roadmap 2.0(改訂版)」は、2019年の提言をさらに深化させ、現代の社会情勢と技術革新を反映させたものとなっています。
Raphaからすると、「だから言っとるやん」というところなのでしょうが・・・。
UCIによる意見募集(2026年2月)の目的と内容
UCIがこの時期に大規模な意見募集(パブリックコンサルテーション)を行った背景には、主要コンポーネントメーカーの収益悪化や、世界的な物価高騰によるチーム運営コストの増大といった「厳しい外部環境」があります。
ほんと、明るい話題よりも暗い話題が多いですからね・・・。

まず今回の意見募集の目的ですが、大きくまとめると以下の3点となっています。
- 経済的持続可能性の確保: 特定のスポンサーや国家資本に依存しない、自律的なビジネスモデルの構築。
- 安全性の抜本的改革: 高速化するレースにおける落車事故の増加に対し、機材規制やコース設計の基準を見直す。
- 次世代ファンの獲得: Z世代やα世代にアピールするためのデジタル戦略と、エンターテインメント性の強化。
1点目と3点目については、Raphaの主張するところと変わらないですよね。
主な検討項目
では、具体的に何をやりましょう、という提言なのかというと、ざっくりまとめると以下の3点になります。
-
カレンダーの再編: 過密なスケジュールを整理し、選手とスタッフのウェルビーイング(健康と幸福)を保護する。
- 放送技術の革新: ライブデータ、AIによる戦況予測、選手のバイタルデータの公開範囲。
- 環境負荷の低減: 大規模な移動を伴うキャラバン走行の見直しと、ESG投資を呼び込むためのグリーン化。
いやいや、だから1点目は(以下略)。
Rapha Roadmap 改訂版(2.0)の内容

この意見募集に対して、RaphaはRoadmap2.0を提言しています。
2019年のロードマップが「ロードレースの構造改革」を求めたのに対し、2026年の改訂版は「文化的な持続可能性とテクノロジーによる体験の再定義」に軸足を置いています。
改訂版の4つの柱
Raphaは大きく4点からなる提言を実施している模様。
「共感」のデータ化(Emotional Data)
単なる出力(ワット)だけでなく、選手の疲労度、緊張、さらには無線での会話をリアルタイムで一部公開し、観客が選手に感情移入できる仕組みを構築しよう、というのが1点目。
これは、NBAやNFLを見ているとよくわかるのですが、今の時代は「データ化」「見える化」が進化しています。
MLBなんて、Amazon AWSをスポンサーにつけたうえで様々なデータ化実現していますよね。
NFLでは、試合毎に特定の選手をピックアップする「NFL Mic’d Up」という仕組みを作り上げています。
NFLの試合中に選手やコーチのユニフォームに小型マイクを装着し、フィールド上のリアルな肉声や臨場感を捉えたもので、
試合後にはハイライト映像として編集され、NFLの公式ウェブサイトやYouTubeなどのSNSで定期的に配信されますし、これによりテレビ中継やスタジアムの歓声だけでは分からない、選手の人間味やチームメイトとの絆を垣間見ることができるファン必見のコンテンツとなっています。
私もこのコンテンツはお気に入りでして、選手の素顔が垣間見えるので、チームや選手に対する愛着が増すんですよね。
ラディカル・ジオグラフィー(過激な地理学)
山岳地帯だけでなく、都市近郊のグラベル、特設サーキット、さらにはバーチャル空間とリアルを融合させたハイブリッド・レースの導入を提言しています。
ま、今風な取り組みですよね。
バーチャルライドが主流になってしまうと、それはそれで業界の危機につながるという見立てもありますので、「今のうちに取り込んでいくべし」という考え方なんだと思います。
Raphaみたいなウェアブランドからすると、インドアよりはアウトドアライドの方が確実にウェアは売れるでしょうし・・・。

循環型プロサイクリング(Circular Pro Cycling)
プロチームが消費するウェアや機材のライフサイクルを完全に透明化し、業界全体でカーボンニュートラルを実現するための具体的なマニュアルについても提言しています。
今やアメリカが「あんな感じ」になってしまいましたから、ヨーロッパこそ、サステナブルな社会の実現にコミットしていくべき、という発想なんでしょうね。
プロ・アマ・シームレス(境界の消失)
プロレースと同じ日に、同じコースでアマチュアが走るイベントの標準化を行うことで、プロの結果がアマチュアのコミュニティに直接的な恩恵(寄付や整備活動など)をもたらすエコシステムの提案も行なっています。
これはちょっと面白いですよね。
バーチャルライドでプロを身近に感じる、みたいな取り組みは既に始まっているわけですが、リアルにおいても同様の取り組みを広げていくべき、という発想なんだと思います。
Raphaの狙い
Raphaの狙いは、ロードレースを「特権的なエリート競技」から「地球規模の課題解決と個人のライフスタイルに直結する文化」へと昇華させることにあるようです。
プロと個人との関わり方を再定義しよう、というわけですね。
これにより、ブランドとしてのRaphaもまた、単なる衣料品メーカーから「サイクリング文化のプラットフォーム」としての地位を盤石にしようとしています。
「勝利」から「価値」への転換
2026年現在の自転車業界は、製品のスペック競争が一段落し、消費者は「その機材や競技がどのような社会価値を生んでいるか」を問うようになっています。Raphaの改訂版がサステナビリティやコミュニティへの貢献を強調しているのは、そうした市場の空気感を敏感に察知しているからです。
既にコンポーネントにしてもホイールにしても、コミディティ化が進みすぎていて、かつてのような「選ぶ楽しみ」も減ってきたように感じています。
カーボンホイールなんて、中華の技術進歩と低価格化の波がえげつない状況になってきています。
そうなると、「新しい価値」を定義していかないと、業界全体が沈んでいく(言い方を変えると、安い中華の波に飲み込まれていく)ことになりかねません。
テクノロジーの使い道の変化
かつてIT技術は「勝つための分析(ハードウェア的アプローチ)」に使われてきましたが、今回の提言では「ファンを楽しませるための演出(ソフトウェア的アプローチ)」への転換が求められています。バイタルデータの公開は、その象徴的な例です。
こういった取り組みは、先に他のスポーツの事例としても触れましたが、「どんどんやってしまえ」ば良いだけの話。
不評な取り組みは切り替えていけば良いだけですし。
そして何より、他のプロスポーツ界に参考になるネタが沢山あるわけですから、あとは保守的な意見をどう論破していくかだけ、ではないでしょうか。
構造的課題としての「分断」
UCIの意見募集は、ASO(主催者)やチーム、UCIという三者の利権争いを解決するための「民意」を求めているフシもあります。
とはいえ、Raphaが提唱する「放映権の共有」や「レース日程の抜本改革」は、依然として業界の既得権益と激しく衝突する部分ですから、どこまで切り込むことができるものなのか。
UCIのお手並み拝見といったところでしょうか。
総括
UCIが意見募集として(中には過去にRaphaが提言している内容を再度なぞるような形で)「問い」を立ててきました。
Raphaは過去の内容をアップデートしながらも、再度「理想の回答」を突きつけた形となっています。特に現在は、コンポーネントメーカーの財務状況に象徴されるように、業界全体が「変化しなければ生き残れない」という共通認識を持っているはず。
このロードマップ改訂版が、単なる理想論で終わるのか、あるいはUCIを動かして具体的なルール変更に繋がるのか。今後は、この提言が「ビジネスとしての収益性」と「スポーツとしての純粋性」をどう両立させるかが焦点となりそうです。
レースシーズンになると「毎年同じような人が勝ってるよなー」と、漫然と横目でレース結果を流すだけの人間から言わせてもらうと、プロのロードレースに関してはスリリングな展開があまり期待できない、という印象が強いです。
言い方を変えると、「水戸黄門」を見ているようなもので。微妙に筋書きが変わることはあっても、毎回似たような結果になるんでしょ?という印象が強いです。
もっと自転車を好きな人達に「身近に」感じてもらいながらも「スリリングな展開」を演出できるようにならないと、なかなか厳しいのではないかな、と思います。
(さっさと収益分配やれば良いのに)

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