まだ終わっていなかったUCIのギア比規制を巡る法廷闘争

この記事は約7分で読めます。

前回完全決着とか書いてしまいましたが、UCIはまだ諦めていなかった模様。
まだ続けるの・・・?

【続報】SRAMの「10T」を巡る泥沼のギア比規制闘争が完全決着
これでSRAMも安心、といったところでしょうか。UCIによる最大ギア比規制をベルギー競争庁が完全否定昨年10月、UCI(国際自転車競技連合)が安全対策を名目に導入しようとしていた「最大ギア比規制(54×11T相当への制限)」に対し、ベルギー...

UCIのギア比規制を巡る法廷闘争はいつまで続くのか

正直、UCIは引き際を誤っているような気がしてならないのですが、改めて過去経緯含めて整理してみたいと思います。

 

もともとUCIが実施しようとしていた規制内容とその目的

先のブログ記事でも書きましたが、UCIが一部のプロレース(2025年終盤のツアー・オブ・グアンシーなど)から試験導入しようとした「最大ギア比制限(Maximum Gear Ratio Test Protocol)」が今回問題となっています。
具体的には、ペダル1回転あたりに進む距離を最大10.46メートルに抑えるというもので、これはホイールサイズなどを考慮すると「最大54x11T」というギア比に相当します。

本規制の目的は「プロレースにおいて形成される集団の安全向上と最高速度の抑制」です。近年、機材の進化(空力やディスクブレーキ化など)に伴いプロレースの巡航速度や下り坂での最高速度が上がり続けており、それに伴う重大な落車事故を抑制するため、最高速度を物理的に抑え込もうと考えたのが理由です(かつての「ジュニアギア制限」のプロ版のようなイメージです)。

ベルギー競走当局(BCA)および裁判所が差し止めを判断した根拠

このルールに真っ向から反対し、法的手段に出たのがSRAMでした。SRAMのロード用コンポーネントは、トップギアに「10T」を採用するシステムを標準としています。もし「54x11T(ギア比4.91)」相当の制限をかけられると、SRAMユーザーはフロントを49T以下にするか、10Tを機械的に使えないようロックする(11Tからしか使えないように細工する)しかなくなります。これでは、54x11Tをそのまま使えるシマノ等のユーザーに対して、SRAMを使用するチームや選手だけが決定的なギア選択の不利(ディスアドバンテージ)を被ることになります。

ベルギー競走当局(BCA)およびその控訴審にあたるブリュッセル市場裁判所は、SRAMの主張を認め、以下の根拠からUCIの規制を「違法・不当」として差し止めました。

  • 独占禁止法(EU競争法)への違反: 特定のメーカー(SRAM)の技術的選択を狙い撃ちにする形となり、市場の公正な競争を阻害し、メーカーに重大かつ回復困難な経済的損害を与えるリスクがある。

  • 不透明で差別的なプロセス: 機材ルールを定める場合、経済的な影響が出る以上は「客観性」「非差別性」「透明性」を満たさなければならない。しかし、UCIは機材メーカー(業界)との事前の適切な協議や対話を行わずに独断で決定した。

  • 科学的根拠(エビデンス)の不足: 裁判所は「ギア比を制限することが、本当にプロレースの落車リスク軽減や安全性向上につながるのか」という明確な科学的証拠をUCIが提示できなかった点を強く批判しました。

今回新たにUCIが当該差し止め判断に対して見せている反発

直近の判決(控訴審での敗訴)を受け、UCIの管理委員会は猛烈に反発する声明を発表しています。

  • 「これは安全のための『テスト』だ」という反論: UCIは、今回の措置はあくまで安全対策組織(SafeR)の推奨に基づく「将来の安全性向上のためのデータ収集・ライダーの意見聴取を目的とした試験的運用(プロトコル)」に過ぎず、特定のメーカーを排除するような商業的意図はないと主張しています。

  • 司法の介入に対する強い不満: 競技の安全を守るためのルール作りに、外部の行政機関(競走当局)が低いハードル(基準)で介入し、差し止めを命じたことに対して強い懸念と不満を示しています。「ライダーの安全を守るという目的が、メーカーと共有されていない」と、暗にSRAM側を批判するような姿勢も見せています。

個人的には、本当に「稚拙で見苦しい」と感じてしまいますねー・・・。
安全の為のテストというのであれば、「10T規制」という結論を公表することなく、「ギア比」「走行速度」「走行環境」に基づいた危険性をデータ収集する為に、複数のテストパターンに基づいたPoCを実施する、という発表を行いテストを実施するだけで良かったはずなのです。
それこそが、司法が求めている「科学的根拠」なのであり、最初に「10T規制」という結論を提示すべきではなかったのです。

引き続きUCIは何を実施しようとしているのか

しかし、当のUCIは諦めていない模様。
個人的には、前回の司法判断でさすがに大人しくなるかなー、と思っていたのですがそんなことはありませんでした・・・。

UCIは法律闘争を全く諦めておらず、今回の控訴審判決を不服として、ベルギーの最高裁判所へ上告する方針を正式に固めました。

また、ギア比そのもののテストにはブレーキがかかっていますが、UCIは「レースの安全対策」自体は手を緩めるつもりはなく、別の形での機材規制(ハンドル幅の制限、あるいはその他の安全プロトコル)を模索し、実行しようとしています。

規制当局の悩ましい点として、「問題が発生しない段階では規制は非難される」ものの、いざ問題が発生してしまうと「なぜ規制対処を行なっていなかったのか非難される」という点でしょう。
今後も安全対策の手を緩めるつもりはない、という点は素晴らしいことだと思いますが、ちょっと今回の件に関してはここで一歩引いておいた方が良かったと思うのですが。

今後の見通し

この裁判は、単なる自転車の歯数の問題を超え、スポーツ界全体の今後のあり方を左右する判例となりつつあります。

今回の判決により、「スポーツ団体がルールを作る際、サードパーティ(メーカー)に重大な経済的影響を与えるものは独占禁止法の対象になる」という前例が明確になりました。今後はUCIが新しい機材ルールを作る際、WFSGI(世界スポーツ用品工業連盟)や各メーカーを最初から巻き込んだ、透明性の高い対話(コンサルテーション)が義務付けられる流れになります。

民間(メーカー)が自己の利益追求ばかり主張し始めるとあまり望ましい結果にはならないかもしれませんが、透明性を担保することが重要なんだと思いますね。

差し当たり、ベルギー最高裁の判断が出るまでは「SRAMの10Tカセット」は完全に守られた形となり、選手たちはこれまで通りのギヤ選択でレースに挑むことができます。

では、UCIの上告に勝ち目はあるのか?という話ですが、ちょっと法律かじった人間であればピンと来ると思いますが、今回の上告は無理筋な気がしてなりません。

UCIの上告が極めて厳しいとされる3つの法的理由

論点1:最高裁判所は「事実」を審理しない

ベルギーの最高裁判所の役割は、下級審(今回のブリュッセル市場裁判所など)が「法律を正しく適用したか」「手続きに違法性がなかったか」を検証することに限定されています。
ちなみにこの考え方は日本の高等裁判所と最高裁判所の関係でも同様ですね。

  • 「ギア比制限が本当に安全につながるのか」

  • 「SRAMの10Tを排除することが、同社にどれほどの経済的損害を与えるか」

といった具体的な事実関係や科学的根拠(データ)の有無については、下級審の判断が最終決定となり、最高裁で再審理されることはありません。下級審はすでに「UCIのプロセスは不透明で、科学的根拠が皆無である」という事実認定を下しているため、UCIがこの「事実」を最高裁でひっくり返すことは不可能です。

論点2:欧州司法裁判所の強力な前例(スーパーリーグ判決など)

UCIはこれまで、「我々は商業組織ではなく、競技の安全を守る『規制機関』であるため、独占禁止法(競争法)は適用されない」と主張してきました。しかし、近代の欧州法においてこの盾は通用しなくなっています。

近年の欧州司法裁判所(CJEU)による重要な判決(欧州スーパーリーグ事件、国際スケート連盟事件、あるいは直近のセラン判決など)において、以下の法原則が完全に確立されています。

【確立された法原則】 スポーツ統括団体が下す規則であっても、それが市場のプレーヤー(機材メーカーなど)に「経済的な影響」を与えるものであるならば、例外なく競争法の対象となる。

今回のブリュッセル市場裁判所もこの前例を厳格に適用しました。UCIが市場で直接製品を販売していなくとも、そのルールがSRAMに壊滅的な経済的損害(10T使用チームの機材のダウングレードやブランド価値の毀損)を与える以上、EUおよびベルギーの競争法から逃れることはできません。

過激な仮定ではありますが、SRAMの競走相手であるシマノから裏金を受け取っていた場合、規制当局は市場に脅威を与える存在にもなり得るわけで、独占禁止法の網をかけるべき、というのはその通りですよね。

論点3:「比例原則」と「手続きの正当性」の欠如

スポーツ団体が機材を規制すること自体は、必ずしも一発アウトではありません。ただし、それには以下の条件をクリアする必要があります。

  1. 比例原則: 目的(安全性向上)に対して、その手段(ギア比制限)が真に必要かつ過度でないこと。

  2. 手続きの正当性: ルール策定プロセスが、透明、客観的、かつ非差別的であること。

UCIはこの両方で完全に失敗しています。 安全対策組織(SafeR)の推奨をもとにしたとUCIは主張していますが、SafeRのルール策定プロセスから「機材メーカー(WFSGIなど)」が完全に排除されていた点を裁判所は極めて重く見ました。メーカー抜きで、特定のメーカー(SRAM)を狙い撃ちにするようなルールを独断で決めたことは、手続き上「明白な差別(非差別性の違反)」とみなされています。

司法が指摘しているように、プロセス(科学的データの収集)も雑だったわけで、よくもまあこの状況で上告したもんだな、と・・・。

正直、ちょっと過激な物言いではありますが、今後の業界の為には今回の規制手続きを推進した当局関係者を刷新し、規制当局と業界が手に手を取り合う関係性を構築することが重要だと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました